フラットなまち、ひらかれた店。自由さから生まれるセレンディピティ —— Backpackers' Japan 石崎嵩人 × SOL’S COFFEE アライリエコ


創業から15周年を迎えたSOL’S COFFEEが、2013年から11年間に渡って拠点を構えてきた蔵前。その蔵前一号店としてオープンしたSOL’S COFFEE STANDが、2024年5月17日をもって閉店を迎えました。一つの節目となるこのタイミングで、蔵前を代表するホステルの一つでもあるNui.を運営するBackpackers' Japan取締役の石崎さんとSOL’S COFFEE代表アライリエコの対談インタビューが実現。同じく根を下ろす蔵前という土地を出発点に、人が集まる場や魅力的なまちの形成、これからの蔵前について伺いました。


アライリエコ
2009年にSOL’S COFFEEを立ち上げ、キッチンカーでの移動販売と自家焙煎コーヒー豆の通信販売を開始。その後、蔵前にてコーヒースタンドSOL’S COFFEEをオープン。現在では都内に5店舗、福井・若狭町に1店舗を構える。2022年、家業でもある「荒井鉄工所」の意志を継ぎ、日本製の珈琲器具メーカープロジェクト quissaco(キッサコ)を始動。エスプレッソメーカーや焙煎機の開発を手掛ける。

石崎嵩人
2010年に友人3人とともに株式会社Backpackers' Japanを創業。Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE(東京・蔵前)など4軒のゲストハウス・ホステルを企画運営するほか、2020年からはキャンプ場やブルワリーを立ち上げるなど、事業の幅を広げている。

 

道にはみ出たソファ、お客さんもスタッフもみんなが自由に過ごす店

ーー SOL’S COFFEE STAND(以下、STAND店)のオープンが2013年、 Nui.のオープンが2012年とほぼ同時期に蔵前にお店を開いたお二人ですが、当時のお互いの印象を教えてもらえますか?

石崎:僕がリエコさんと初めて話したのって、オープンしたての頃のSTAND店だったんじゃないかな。たまたま通りがかったんだけど、路地裏にコーヒー屋さんができてると思って。しかもお店の前にソファをドカーンと出して、みんなが自由に過ごしているみたいな。「東京の路地でこんなことしていいの?!」と思ったのを覚えています。


当時のSOL’S COFFEE STAND

リエコ:たしかに当時はそんな感じで営業してましたね。何かあってもソファーは動かせるからいいかなと。

石崎:そのときもそういうふうに言ってた気がするなあ。自分たちの空間が外にはみ出ていっちゃってる感じ? 僕はそこにすごく自由さを感じて、めっちゃ格好いいし、いいお店だなと思ったんですよね。 



リエコ:嬉しいです。私はSTAND店の立ち上げ準備をしている時期に初めてNui.に行かせてもらいました。特徴的な木の使い方とかもそうですが、既製品の壁紙を使ったりせず、細部までこだわった独自の空間づくりをしていたのと、Nui.にいる人たちがみんな自然体で過ごしていて。「そうそう、そういうことだよね!」とすごく共感して、STAND店のお店づくりにも大きな刺激をもらったのを覚えています。

このまちにどうやったら根付くことができるだろうと考えていたタイミングでもあったので、Nui.さんを見て、自分たちのポジションを考えるきっかけをもらいました。


Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE

石崎:そんな恐縮すぎる。僕らもそういうことは全然わかってないですからね。

リエコ:でもやっぱり蔵前でも長く残っているお店ってあるじゃないですか。そういう人たちって、なんかいい意味で戦略的にやってないというか、いっしーさんみたいに「全然わかってないですけど」みたいにいう人が多い気がしていて。

石崎:たしかにそういう雰囲気はありますよね。蔵前はけっこうお店同士の繋がりがあるまちだと思うんですが、みんな肩の力を抜いて仲良く集まってるだけっていう印象があって。

みんな自分たちで店をやってて、隣を見たら同じように頑張ってる人たちがいて、気が合うからそのままプライベートでも会うし一緒に飲んだりもする。その雰囲気を大事にしたまま、誰かがふらっとまた新しい人を呼んできてその円が大きくなるっていうイメージで、それぞれのお店が自然に緩やかに繋がってるという。


当時のモノマチ(蔵前のつくり手による合同イベント)の様子

リエコ:そうですね。皆さん自立しながら、それぞれの方面で信念を持って事業をしている。年齢関係なくお互いに尊重があって、私は蔵前に来て「自分たちはこうしてるんだけど、SOL'Sはどうなの?」という感じで、いち経営者として対等に話してもらったのがすごく嬉しかったです。

石崎:あと僕が印象に残っているのは、SyuRo(蔵前の生活用品・雑貨のお店)さんでのお花見かな。店の前にでっかい桜の木があって、SyuRoさんの店内から外の桜を見ながらお花見をする感じで。本当に宅飲みみたいな雰囲気で、ちょっと珍しいおつまみを出してくれたりして、みんな自由に出入りして、最高だったなあ。SyuRoさんはかっこいいお店だけど、すごく「町場」を感じました。

リエコ:懐かしいですね。コロナ禍になって集まりにくくなっちゃったけど、当時は至るところでそういう集まりが開催されてましたね。

ーー 今でこそ個性的なお店も多く、東京のブルックリンと呼ばれるほど盛り上がっている蔵前ですが、SOL’SのSTAND店がオープンした2012年当時にそういう兆しはあったんでしょうか。どうして蔵前でお店をやることになったんですか?

リエコ:それでいうと、そういう流れを読んでお店を作ったわけではまったくないです。 実は私が高校生の頃の通学路の乗り換えが蔵前で、3年間通ってたんですよね。当時の蔵前はコンビニが全種類あるオフィス街、以上。というイメージで。

石崎:そんなイメージだったんだ(笑)。

リエコ:SOL'S COFFEEは、車での移動販売から始まって、次に新小岩でお店をやって、そこから蔵前にスタンド店を作りました。移動販売のときは、中目黒や外苑前で出店していたんですが、なんかしっくりこなくて、本質的なところを評価してもらえないっていう感覚がありました。


移動販売に使っていたキッチンカー

石崎:本質的なところを評価してもらえない?

リエコ:場所の性質もあって一回きりのお客さんも多かったですし、コーヒーのクオリティというよりは、便利さや雰囲気で利用してもらっていたというか。でもやっぱりコーヒー屋のあるべき姿として、常連さんが「いつものちょうだい」って通ってくれるお店を作りたいというのが、ずっと私の根底にあったんです。

そこで改めて自分たちのスタンダードになるお店を作ろうと、ご縁もあって新小岩にお店を開くことにしました。でもよくよく調べてみると、家族やお子さんが多いエリアだったので、結局コーヒー専門店というよりもカフェに近いお店になったんです。それはそれで良かったんですが、コーヒーの専門性としては妥協をしている感じがしてしまって。


ーー 
お店は開いたものの、100%納得のいく形ではなかった?

リエコ:そうですね。当時それもあってスタンド形式でコーヒー専門店をやりたいっていうのを常に口に出していたら、たまたま友人の設計士から「オフィスを蔵前に引っ越すんだけど、そこで一緒にコーヒースタンドもできるかも」と言ってもらって。でも当時の蔵前のイメージは変わらず、コンビニがいっぱいあるオフィス街でした。

石崎:そういえば、2012年ってコンビニコーヒーが流行り始めたくらいじゃなかったですか??

リエコ:そう、実はそれも関係していて! コンビニがいっぱいあるまちにコンビニコーヒーが出てきちゃったんですよ。でもこれだけコンビニコーヒーが流行るならいけると思いました。オフィス街だから通ってくれそうな人はたくさんいるし、味はコンビニコーヒーに絶対負けない自信があったので、もう勝った!って。逆に毎日20人ぐらい並ぶ想定でSTAND店は作ってるんです。

石崎:ポジティブだなあ。めっちゃいいですね。

 

その土地に合わせるのではなく、自分たちらしさを持ち込む



ーー Nui.を蔵前に作ったのはどんな理由から?

石崎:Nui.はBackpackers' Japanとしての2店舗目なんですが、実は1店舗目のゲストハウスtoco.(東京・入谷の古民家を改装したゲストハウス)を開業する前から蔵前にいい物件がないか探してたんですよ。そのときに歩いてて思ったのが、浅草と浅草橋の間なのにあんまり色がついてないというか、すごくいい意味でプレーンでフラットなまちだと思ったんです。なんか気持ちのいいところだなと。当時は蔵前のお店のことも全然知らなかったから、ほんとに街を歩いただけの印象でそう思った。

リエコ:わかります。まっさらな感じ。

石崎:結局そのときは物件が見つからず、toco.を運営していたときにいまのNui.の物件情報が出てきて、「あ、蔵前、あのいいまちだ」って。浅草や上野にもすぐ行けて、空港からのアクセスもいい。蔵前にあったK’s House(2022年8月に閉業)という僕たちの先輩にあたるようなホステルが賑わっているのも知っていて、ここでやったらちゃんと事業としても回るだろうなというのも。でもやっぱりまちの感じのよさと物件のよさが決め手でしたね。



リエコ:オープン当初を振り返るとどうですか?

石崎:実は開業前から1年ぐらいは忙しくてまちに出ていく時間が全然なくて。その頃って「ホステル」という業態の認知度もあまりなかったし、海外の人も大勢くるとなると、蔵前の人たちに受け入れられないんじゃないかっていう心配もあったんです。

でも僕らよりも先に蔵前でお店をやっていた先輩たちが早い段階からNui.のことを面白がってくれて、お酒を飲みに来たり、コーヒー飲みに来てくれたりして、すごく嬉しかったのを覚えてますね。そこでもやっぱり一つ印象変わったというか、懐が深いまちなんだなと思ったのを覚えてます。


ーー SOL’S COFFEEとNui.を思い浮かべたときに、どちらも人が集まっていて、そこにいる人たちが思い思いの時間を過ごしているシーンが浮かびます。お店づくりで、どんなことを大切にしていますか?

リエコ:SOL’S COFFEEは「セレンディピティ体験を通じて、お客様に理想の一杯を提供する」というミッションを掲げ、セレンディピティを「偶然に幸せを発見する才能」と解釈しています。

目の前のお客さんにとってのセレンディピティとは何なのか、そのために自分は何ができるのか。いつもよりコーヒーが美味しかったでもいいですし、何か新しい出会いがあるとか、たまたまいい音楽が流れてきたとか。100人いれば100通りのセレンディピティがあると思っていて、そういう瞬間を生むために、自分たちは何ができるのかを考え、スタッフ間でも話し合ったりしています。 



石崎:僕らもお店をしながら思うんですが、セレンディピティって双方向だなって。お客さんが偶然の嬉しさを感じてくれているときって、こちらもそれがわかるんですよ。渡しながら、その嬉しさを受け取ってもいる。

リエコ:最近SOL’S COFFEEで、外苑前に新しくお店をオープンしたんですが、蔵前のお店との違いがすごくおもしろいんです。蔵前のお店ではお客さんに「今日はどこからきたんですか?」みたいな下町っぽいカジュアルな声かけを当たり前にするんですが、外苑前のお客さんに同じように接したら「私の住所ですか...?」という困惑した反応で。



ーー たしかに同じ東京でも東側で下町感のある蔵前と西側で都会の感じがある外苑前だと、コミュニケーションのトーンも違いますもんね。

リエコ:でもあえて外苑前でも変わらず、これまでと変わらない下町のコミュニケーションをやることに意味があるんじゃないかと思ってるんです。最初はびっくりするかもしれないけど、そういうやり取りの中からセレンディピティは生まれると思うし、いいなと感じてくれるお客さんもいるはず。そこにないことだから私たちがやる意味があるのかなって。

石崎:僕らも今度、BERTH COFFEE(Backpackers' Japanの運営するコーヒーブランド)でみなとみらいに出店するんですけど、お客さんとの和やかな雰囲気だったりとか、近所の人たちがワンちゃんを連れてきてみんなで可愛がる感じとか、今まで自分たちが大事にしてきた温度感をみなとみらいにも持っていこうと話していて、すごく繋がる話だなと思いました。


東日本橋にあるホステルCITAN一階のBERTH COFFEE

リエコ:お店にいったときにスタッフの人が自分のことをと認識してくれて、ニコッと笑顔で挨拶をしてくれる。それが嬉しいのって、どこのまちでも、どんな人でも一緒なんじゃないかなと思うんです。

石崎:その土地に合わせることも大事だけど、自分たちが大切にしていることを持ち込むことによってそのまちに生まれる新しい空気感がありますよね。

 

フラットな空気が流れる、クラフトマンシップが根付くまち 



ーー ここまで蔵前というまちを起点に、それぞれのお店のことについてお伺いしてきましたが、ここまで10年以上お店をやってきて、オープン当初からの蔵前の変化はどのように捉えていますか?

石崎:あ、それについて、むしろ他の人がどう思っているのか聞いてみたいなと思っていたんです。僕もよく蔵前のまちの変化を聞かれることが多くて。段階を分けるとすると、僕たちがお店をオープンした後でさえ、2012年から2015年くらい、2015年あたりからコロナ前、コロナ禍、そして今と4から5段階くらいある気がするんですが、僕たちって2012年から2019年あたりまでのムードしか語れない感覚があって。

リエコ:たしかに。今日もオープン前後の話が多かったですもんね。蔵前で始めたタイミングは意識しなくても他のまちとの違いとかも考えていた気がするんですが、いざ蔵前の中で日々事業と向き合っていると客観的に見れなくなってくるというか。

石崎:そうですよね。最近も新しいお店がどんどん増えていて、僕も全然把握できてないです。もうちょっと範囲を狭めて、コーヒーのお店はどう変わっていってますか?

リエコ:それこそ「町のロースタリーから世界へ」というコンセプトを掲げるLEAVES COFFEEさんだったり、現役の音楽家が焙煎を行うCoffee Wrightsさん。最近だとTORIBA COFFEEさんがロースタリーを開いたり、Lonich,さんというもともとコーヒー豆の商社だった人たちが貴重なコーヒー豆を扱うお店を開いたり、新しいお店ができ続けていますし、本当に個性豊かなプレーヤーが多いです。カフェが多いまちは結構あるんですが、これだけ自分たちで焙煎をしているお店があるまちってないんじゃないかな。

石崎:それって何か理由があるんですかね?

リエコ:やっぱりここは職人のまちだし、クラフトマンシップ的な風土があるというのはあると思います。そういうまちで挑戦したい人がお店を開いている気がするし、住んでいる人も訪れる人もそういうものを期待しているんだと思います。
 

SOL’S COFFEEのお客さんたち

石崎:物件の面白さというのもあるのかなあ。もともと倉庫や工房が多いまちだから、天井が高かったり、古くて雰囲気のある建物が多い。作り手たちの表現と相性がいいのかも。


リエコ:Nui.も元々玩具メーカーの倉庫だったんですもんね。あと個人店が多いから新しくお店を開く人が始めやすいというのもある気がします。

石崎:個人店の先輩たちがいるというのは心強いですよね。チェーン店にはできないこと……他では食べられないものとか、そこにしかない空間とか、その人のひととなりが見える接客とか、僕はそういうものに惹かれるし、自分たちもそうありたいと思っています。

リエコ:まちによっては、チェーン店しか見つからないところもありますもんね。蔵前はまだまだ個人店の力が強いまちだし、そういう人たちがそれぞれの分野で真摯にお客さんや事業と向き合っている。そして緩やかな横の繋がりを持ちながら、フラットな関係性で切磋琢磨している。そういうところが私のこのまちの好きなところです。 


SOL’S COFFEE STANDに飾られたオープン当初の写真

石崎:いやあ、この話を、蔵前のもっと若い人たちから聞きたいなあ。そうしたら別の角度で蔵前が知れる気がするし、もっとこのまちが立体的に見えてくる気がする。

リエコ:めっちゃいいですね!連載企画にして、色んな人にそれぞれ蔵前について語ってもらいましょう!

石崎:それよさそう!ぜひやってください!楽しみにしてます! 

 

◾️編集
なかごみ
デザイン会社でのディレクター、アパレルブランドでのコミュニケーション責任者を経て、フリーランスとして独立。Brand Editorとしていくつかの会社に関わり、文章をつくったり、写真を撮ったり、発信にまつわる企画やディレクションをしています。好きなお酒は、ビールとワイン。

◾️撮影
大参久人、ほか

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